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岩とむし

ある時はクライミングフォトグラファー、またある時は全日本放蕩オヤジの会・鎌倉支部長。そんな飯山健治のブログは随時更新スタイルです。

Saturday, December 19, 2009

ふたりのUSAMI

清水の現場最終日は特に寒くて風が強かった。   
作業用に固定したケービングロープはものすごい勢いで北西の風にあおられて、それはまるでエルキャピタンの地上800m空中で強力な上昇気流に翻弄されているような強風だった。  
 
西高東低の強い木曜日、空は澄んで青く、現場付近から見える富士山は、とても綺麗だった。 

日が暮れて、
作業を完了し、
かじかんだ手指と、
芯まで冷え切った身体を温めようと、
車のヒーターを最大温風にしながら、
東名高速で富士山の南側を通過した。
 
 

奴はそのころ、富士山にいた。
 
そして、吹き飛ばされたのを知ったのは、しばらく後だった。
 
 
奴とは同い歳で、学校も同じ。
クライミングも始めたころはいつも一緒にいろいろ行っていた。
成人式の日に2人で八ヶ岳の赤岳山頂で祝ったっけな。
 
その後、ふたりともカメラマンを目指したが、
自分はクライミングへ、
奴は再び登山へすすんでいった。
 
山を登っていると、どんどん難しい山、困難なルート、厳しい季節を追い求めるようになる。
最前線の登山家から一般の愛好者まで、それは共通している向上心だと思う。
 
 

山には不可抗力、という魔物がいて、いつか必ずそいつに捕まる。
 
 

自分は体力も勇気もないので、毎日お風呂に入れるフリークライミングの世界にすすんだ。
 

 
好きなことを自分で選んで、奴はそのとおりの道をすすんできた。 
 

まだまだやりたいことはたくさんあっただろうが、無念な気持ちもたくさんあるだろうが、
その気持ちは、あとに残されたみんなで引き継いで、
そしてまたあしたからも生きていく。 
 
 
自分も、また、自分の本当にやりたいことがなんなのか、考えさせてもらえた。
ありがとう。
 
さようなら
 
 

 
 
 
 
もうひとりの奴は、3つ年下だが昔ヨーロッパで一緒に登っていた仲間だ。
 
2ヶ月前に大怪我をして入院しているのだが、なかなか忙しくて見舞いに行けていなかったのがずっと頭の片隅に引っかかっていた。
 
最近、忙しくて結構なことだが、逆算するともう今日しかチャンスがないこと分かり、クライミングジム行きを取りやめて横浜に出かけた。
 
 

自分はいままで2回入院したことがあるが、あれは長い人生のなかではとてもいい経験になっている。 
 

突然、自分が社会から必要なくなったような疎外感。
おそろしく長い一日、そして一生分寝尽くしてしまうような睡眠時間。
そして、振り返っての自分という存在や、その他もろもろを深く考えられる時間。
 
あまりおすすめはしたくないが、長い入院は、特に命に別状のない整形外科関係の入院ならば、あらためて人生を見直す良い機会になるかもしれない。 
 
 

 

退院も近く、砕けた両足の経過も順調で自立歩行もできるようになっていて安心した。
リハビリは長くかかるけど、あきらめないでがんばれば必ず治る。
また一緒に登ろうぜ!

特製装具のシークレットブーツ機能のおかげで身長もグーンと伸びて、脚も長くみえるぞ!(笑)
 
 
またあしたから、がんばるぞ! オーッ!!
 



1 Comments:

Blogger lensman said...

This post has been removed by the author.

December 23, 2009 7:03 AM  

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